「KANタービレ~今夜は帰さナイトフィーバー~」ライブレポート。 1年前のこの日にシンガーソングライターのKANが逝去したことを受け、彼と親交の深いミュージシャンたちが集い、彼が残した音楽を奏でるライブである。2024-11-22

「KANタービレ~今夜は帰さナイトフィーバー~」2024年11月12日 ぴあアリーナMM セットリスト

01. 何の変哲もないLove Song
02. REGRETS
03. 東京ライフ
04. プロポーズ
05. 君が好き胸が痛い
06. カレーライス
07. エキストラ
08. 世界でいちばん好きな人

09. 言えずの I LOVE YOU
10. Songwriter
11. Moon
12. カサナルキセキ
13. まゆみ
14. ロックンロールに絆されて
15. 適齢期LOVE STORY
16. Oxanne 〜愛しのオクサーヌ
17. すべての悲しみにさよならするために
18. よければ一緒に

–ENCORE–
19. KANのChristmas Song
20. 愛は勝つ


2024年11月12日、横浜・ぴあアリーナMMにて開催された《KANタービレ〜今夜は帰さナイトフィーバー〜》。1年前のこの日にシンガーソングライターのKANが逝去したことを受け、彼と親交の深いミュージシャンたちが集い、彼が残した音楽を奏でるライブである。

観客たちは複雑な思いを抱えてここに来たのだろう、通常のライブとは明らかに違う空気の中、客電が消え、静かなピアノの音とともにアニメーションが映し出された。《KANタービレ》への招待状が紙飛行機になって、グランドピアノを一周すると窓の外へ、風に乗ってこの会場にやってくる。

ステージには、このライブの企画・構成を手掛け、この日のホスト役をつとめる根本 要(スターダスト☆レビュー)、馬場俊英、スキマスイッチ、秦 基博が登場。「何の変哲もないLove Song」を、常田真太郎(スキマスイッチ)のピアノ伴奏で歌う。

根本「僕らの大親友のKANちゃんが昨年の今日、遠くの星に行ってしまいました。彼が生前……生前っていう言葉はあんまり使いたくないんだけど、言っていた言葉があるんです。それは、『僕の歌は、僕が歌うよりも別の人が歌ったほうがいいんだ』。なので、今日はKANの友人たちがここに集って、あいつが書いた素晴らしきメロディ、言葉を紡いでいきたいなと思っております」

いつになくしおらしい雰囲気、と思ったら、すかさず「みなさんは音楽的に楽しもうとしているかもしれないけど、理解不能な部分がたくさん出てくるはずです(笑)。それが紛れもないKANなんです」と、根本の言葉に被せるように大きな拍手が起こった。KANのライブに足を運んだことのある人ならわかる、観客もきっとそれを待っているのだ。KANのライブを観たことがない人たちはこの言葉をどう受け止めただろう。不思議なワクワク感が会場に漂っている。

「しかしすごい人たちが集まってくれたよね」と、根本の話はまだ続く。すると、ステージ中央に置かれたパトランプが放つ光がくるくるとまわりだした。長くなりがちな話を終わらせる合図のようだ。それだけこの日のメニューが盛りだくさんということだ。

が、根本は喋り続ける。「あいつはきっと帰って来てる。どっかにいて、必ずダメ出しをするんです」と言うと、馬場がパトランプを指さして「これ、まわしてるんじゃないですか」。会場に笑いが起こる。すでに時間は押しているが、少しずつ空気がやわらいできたようだ。

さて、この原稿もあまり文字数を使いすぎると、あの人に「もっと簡潔に」と注意されそうである。テレビ放映も決定しているので(2025年1月19日、フジテレビTWO)、細かいシチュエーションはそちらで確認していただくことにして、ライブの様子を列記していく。

最初のゲストはASKA。呼び込んだ根本とハグしながら「おまえ、リハーサル中に泣くなよ」と、かなり踏み込んだスタンスで登場し、「この曲を覚えるのにすごい手間がかかった」という「REGRETS」を根本とデュエット、常田のピアノで。ASKA節ともいうべき濃厚な歌唱は、デビューして間もない時期のフレッシュなKANの曲に容赦なく時の経過を注ぎ込む。これがカバーというものと、のっけからこのイベントのコンセプトを知らしめるかのようだ。

続いては、KANの無茶ぶりともいえるコントやその練習を巧みに拒否してきた(?)杉山清貴と、実はデビュー前からの長いつきあいという谷村有美。名曲「東京ライフ」を、杉山の澄み切った声と、のびやかな谷村の声が、ドラマチックなハーモニーを聴かせた。

KANがこよなく愛していたバンド、TRICERATOPSからは和田 唱(Vo.,G)と林 幸治(B.)がやってきた。さらにKANとは「K-KAN(読み:けーかん)」というユニットを組み、名曲「赤字のタンゴ」を誕生させたKを加え、3人のコラボで「プロポーズ」をロマンチックに。

ピアニストの塩谷 哲とKANは写真仲間だという。「WWDP(ワールド・ワイド・ダジャレ・フォト)」は、世界の国のどこかでダジャレを効かせた写真を撮ることをコンセプトとしており、KANの作品はオフィシャルサイト『金曜コラム』で見ることができる。そして、根本によって「いちばん迷惑を被っていた」と紹介されたのは桜井和寿。かつて「パイロットとスチュワーデス」というユニットを組み、パイロット姿で(Vol.2では闘牛士姿で)KANとのステージをつとめた。Mr.Childrenのデビュー当時から培ってきた信頼関係があるからこそ実現できた、刺激的で楽しい経験を胸に、塩谷のピアノで「君が好き胸が痛い」をせつなく歌いあげた。

ここで、KANとはライブやレコーディングで長く活動したストリングスチームが登場。ステージに一層の華を添える。佐藤竹善はアルバム『6×9=53』収録の「ぽかぽかの日曜日がいちばん寂しい」他で多数共演、山崎まさよしはKANと3曲入りCDを制作、その名も「YAMA-KAN」という、それぞれ濃い関係性を煮込んできた二人が、一度さめて、また温めて……と「カレーライス」を披露した。

ライブはゆっくりと、それぞれの歌をたいせつに抱きしめるように進んでいった。これも1曲1曲を丁寧に紹介する根本の、KANへの果てない愛情と、それぞれのミュージシャンに対するリスペクトがあってこそ。気づけば、観客も静かだった。どんなスターボーカリストが登場しようと、歓声をあげたり名前を呼んだりすることはほとんどなく、時おり出演者が語るKANとのエピソードに笑い声がこぼれるも、曲が始まれば貴重な声と音を一瞬も聴き逃さないようにステージを見守っていた。

根本は(同じホスト役であるはずの)スキマスイッチを呼び込み、なぜオレだけが司会をやってるんだなどと文句を言いながらも、嬉しそうに、大橋のリクエストで一緒に歌うことになったトータス松本を迎える。塩谷と常田のピアノ連弾とストリングスで「エキストラ」を、大橋はやわらかく繊細な歌声で、トータスは力強く真っ直ぐな声で、♪大好きです 好きです、と印象的なフレーズを繰り返した。

前半のアコースティック編成でのステージ、最後は、KANとは同い年で同郷の藤井フミヤ。「最初(に出会ったころ)は真剣なのかふざけてるのか全然わからなくて(笑)」と、シャンパンしか飲まない発言やアメフト衣装に言及。根本はKANの練習熱心さについて語りだし、話が弾みすぎて、久々にパトランプが点灯した。客席は笑いに包まれたが、その雰囲気を一瞬にして変えたのは、フミヤが「誰のために作ったかすぐわかる」とつぶやいた「世界でいちばん好きな人」。常田のピアノとストリングスをバックに、時に羽のように両手を広げて歌う美しいラブソングは、前半のフィナーレを飾るにふさわしい圧巻のシーンだった。

再びホスト陣がステージに集まり、「よかったね、ここまで順調に来て」と根本。あらためて観客に「KANに変わってお礼を言います、ありがとうございます」と頭を下げた。「それでは、長いつきあいのKANちゃんバンドのみなさんをご紹介します」と、ファンにはおなじみの顔ぶれが登場。ファンの耳に馴染んだ音に常田がピアノで加わり、根本、馬場、大橋、秦が「言えずのI LOVE YOU」を。

「Songwriter」では佐藤竹善とKが安定感のあるデュエットを聴かせた。ASKAへのオマージュとして作られた「Moon」を歌うのはASKA、分厚いコーラスはスターダスト☆レビューがつとめた。

続いてのステージ。アコギを抱えた秦が「KANさんと一緒に作らせていただいた曲がありまして」と話しだすと客席から拍手が起こった。同じコード進行でKANが「キセキ」、秦が「カサナル」という曲を作ってリリースし、それを合体させると「カサナルキセキ」という曲になる。非常に実験的だが、二人が織りなすダイナミズムが曲のスケール感に繋がっていく。この日は秦のギターと歌、そして、KANの声が映像とともに流れ、感動的なデュエットを生みだした。まさに“重なる奇跡”が生まれた瞬間。しばらく拍手が鳴り止まず、会場は涙で溢れていた(と思う)。

根本「ずるいよ〜」
秦「すみません(頭をポリポリ)」
大橋「かわいくないよ」
秦「かわいいだろっ(笑)」

しんみりした会場を、またもやホストたちが明るく乾かしてくれる。二人別々にリリースした曲が実は一つの歌でした、すみませんでした、と謝罪会見を開くことも最初の打ち合わせから決まっていたとか。その計画の周到さに感心するやら呆れるやら。

微笑ましい空気の中、桜井和寿は「まゆみ」を歌う。まるで自分の中から生まれたメロディかのように歌うその姿は、彼がKANの音楽に大きな影響を受けていることを物語っていた。

馬場のリードボーカルから始まった「ロックンロールに絆されて」、山崎まさよしがそれに続き、スターダスト☆レビュー、スキマスイッチ、秦 基博、谷村有美もコーラスに加わる。自らロックンローラーと名乗ったKANが座右の銘だと言い放った「ジョンやポールと同じ職業」の歌詞がひときわ力強く響いた気がした。

すかさず、おなじみのイントロをドラマーの清水 淳が叩き出すと、自然に手拍子が湧き起こった。こう来るということは、そうなるの? と、期待したファンも少なからずいたのではないだろうか。KANのライブではアンコールでこの「適齢期LOVE STORY」が始まると、中盤で、本編でやった曲を1曲目から少しずつ演奏する「全曲つなげ」が繰り出される。しかし、この日はそれはなかった。「ロックンロール!」と叫びながら藤井フミヤが登場、和田 唱と熱くも軽快なデュオを聴かせる中、全曲つなげこそなかったが、これまた恒例のカツラキャッチ、奥のほうでコーラスの菅原龍平によるキッカワコウジもガウガウと吠えていた(意味がわからないかもしれないけれど、文字で説明するのは困難ゆえご容赦を)。

今度は佐藤大剛のギターが、みんなが大好きなイントロを炸裂させる。「Oxanne 〜愛しのオクサーヌ」だ! トータス松本と桜井和寿だ! 照明がくるくるとまわって会場を煽り、客席に「おっぱいバルーン」が2つ放たれた。トータスと桜井がステージを走りまわり、バンドもコーラスも観客もヒートアップ、この日のクライマックスを迎えていた。

まるで、今にもステージ袖から白い羽をつけた(あるいはアメフトユニフォームの)彼が飛び出してきそうだった。

けれど彼はあらわれず、曲が終わって数分後には常田のピアノが厳かに流れ、根本が神妙な面持ちで歌い始めたのは「すべての悲しみにさよならするために」。杉山清貴が続き、明らかな説得力で、スクリーンに映し出された歌詞に今ここで歌われるべき新たな解釈が加わったことを教えてくれる。先ほどまでの興奮から一転、私たちは少し現実に引き戻された。

渾身のアクトが次々に繰り広げられた贅沢な一夜。けれど、同時に彼の不在を実感せずにいられなかったことも事実。素敵なメロディと、情感溢れる歌詞はここにあるのに、彼だけがいない。それは出演者もスタッフも観客もわかりきっていたことではあるけれど、募る寂しさはやはり抑えきれなかった。

が、気がついたら、ピアノの上で根本が情熱的なギターソロを弾き、そのナルシスティックな足下で大橋、常田、秦が照明を射し、風を送っていた。これもKANのライブではよく見る演出で、泣き笑い。ただではすべての悲しみにさよならさせてくれないのがKANなのだった。

根本「(照れくさそうに)おいしいとこ、いただいちゃいました。KANちゃんの指示です。決して俺がやりたくてやってるわけじゃないんです(笑)」

本編最後は出演者全員で「よければ一緒に」。一度聴いたらすぐ覚えられる親しみやすいメロディで、KANのファンも、他の出演者のファンも一緒に、♪ラララララララー、と、手を振りながら歌って大団円を迎えた。いつまでも鳴り止まない拍手は、いつのまにかアンコールの手拍子に変わっていく。

アンコール。スターダスト☆レビュー、馬場、スキマスイッチ、秦が背中に羽をつけて登場。「KANちゃんはいつも言っていました。心がきれいな人にだけ、背中の羽が見えるそうです。秦くん、背中に何かついてるよ?」と、根本。他のメンバーも“心がきれい”コントを続け、KANイズムは正当に継承されつつあった。

彼らは「もっと評価されるべき」とKAN自身が嘆いていたという「KANのChristmas Song」をアカペラで、しかも主旋律はKANの声を再生。KAN構文を使うなら「もうすぐ来年のクリスマスですね」と言いたいところ(注・“今年”を“来年”と間違えたわけではありません)。

こうしてKANの歌を聴いていると、すっきりと清らかで少しだけウェット、ラブソングもロックンロールもユーモラスな曲も鮮やかに歌い分けた稀有な声の持ち主であったとしみじみ思う。彼が残してくれた歌たちをたいせつに聴いていこう、と、あらためて。

根本がこの日の出演者を一人一人名前を挙げてステージに呼び込み、最後は全員で「愛は勝つ」を大合唱。あまりにも有名なピアノのイントロ、知らない人はいないだろう親しみやすいメロディ、キャッチーな歌詞をバックに、スクリーンには近しい人たちから提供された、いろんな時代のいろんなKANの写真が次々に映し出された。

長い長い拍手の中、仲間たちとともに全力を注いでこのライブを企画し成功させ、この日は総合司会もつとめた根本がステージ中央に立つ。

根本「今日はありがとうございました。最後に一つだけ言わせてください。僕はあいつと長いこといて、あいつのすごいとこ全部見てきました。もっともっとすごい音楽をあいつは生み出せたはずなんです。でもね、人ってやっぱりいろんなことが起こるんだね。でも最後の最後まで、いつもと同じようなペースで生活を送ってた。音楽に対しても、僕らに対しても。そのすごさをあらためて今、感じてます」

時に声をつまらせて、けれど誠実に紡がれた根本の言葉が静かに会場に沁み込んでいく。

スクリーンにKANの姿が映る。「それでは最後に、今夜お越しいただきましたみなさまのご健勝をお祈りして、一本で締めさせていただきたいと思います。みなさま、お手を拝借!よ〜う!」パンッ! 両手を高々とあげてから深々と礼をするKAN。惜しみなく拍手を送る観客。ここにいる人たちすべてが(少なくとも今夜だけは)きれいな心の持ち主であることを、彼の背中の羽が証明してくれていた。ありがとう、と、手を振った。

KANにお別れを言いにここに来たわけではない。彼の不在を受け入れ、彼の無念を忘れない、これからはそういう自分でいようと強く思わせてくれた、あれから1年後の11月12日の夜だった。すべての出演者とスタッフの方々に、観客の一人として拍手と感謝を捧げます。(文中敬称略)

文:森田恭子(LuckyRaccoon)


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